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第4章

幾つもの嘘と一つの真実 2

 「……ちょっと、時間をくださいませんか? 」  
 溜息をついた後、風花は首をかしげて純平に結論を出す猶予を請うた。これまでその話題を出せば、黙り込んで布団を被って横になる、ぎゅっと手を押さえて物言わぬ人形と化すという反応しか見せなかった風花、そんな彼女が見せた意外な反応に、純平は思わずごくりと喉を鳴らした。
 「それ……その、考えて、くれるって、こと、だよな? 」
 「ええ、一応は」
 「……も、もし、その、そうしてくれるなら、今住んでる所は引き払ってさ、新しい所で暮らそうな。そ、それから、家具とかも全部新しくしてさ」
 「もったいない、ですよ」
 「もったいないもんか……新しくやり直すんだから、それくらいはやんねーとさ」  
 純平の言葉に風花はクスクスと声をたてて笑った。それは本当に美しい微笑だった。
 「有り難い話ですけど……それ、家計を預かる者としては看過できない出費になりますよ」  
 風花は真面目な顔でそう言った後、ぽんと手を打って名案を思いついたらしい表情を浮かべた。
 「そうだ……菜穂さん相手に裁判起こして、損害賠償して貰えばいいんですよねぇ」
 「え? 」  
 風花の提案に純平は思わずそう聞き返した。すると、風花は怪訝そうな表情でこう問い返した。
 「まさか……やめろって仰いません、よね? 」
 「え? いや、だって……」
 「私、貴方にもですけど、菜穂さんにも酷い目に遭わされましたからね」  
 風花はどこか不服そうな表情でそう呟く。彼女のそんな表情ですら、可愛く純平には見える。
 「し、しかし……」  
 しかしながら、純平は風花の言葉に渋い表情を浮かべた。確かにもう菜穂とは別れたのだが、彼女にはまだ生まれてはいないものの、子どもがいる。無論、菜穂の「この子は貴方の子ども」という発言を信じてはいない。だが、身重となった菜穂に慰謝料を請求することには、多少の罪悪感を覚えた。しかし、ようやく復縁話を聞いてくれるような反応を見せ始めた風花に、「実はこれこれこうなんだ」と説明するわけにもいかない。純平は俯きがちに、風花にこう提案した。
 「……ん、その、弁護士に相談してみるから、俺が」
 「いいですよ、それは私のことですから。だいたい、貴方も当事者でしょう」  
 風花の言葉に含まれた小さな棘に純平は俯いていた顔を上げ、まじまじと彼女の顔を見つめた。風花の表情には純平の動揺した様子をどこか面白がるような微笑が刻まれ、それは悪戯好きだった昔の彼女と同じものだった。
 「そんなに困らなくても……判りました、それじゃ、その件は貴方にお任せします」  
 風花の言葉に純平はこくこくと言葉なく頷いた。純平の脳裏では、あまりに今までと違い過ぎる風花の態度に多少の疑念が浮かんだが、それよりも彼女が復縁話を前向きに考えてくれることへの喜びが大きく、それらは無意識の底へと追いやられた。今の純平はとても幸せだった。

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