幾つもの嘘と一つの真実 1 「風花っ」 純平が血相を変えて風花の病室に飛び込んできたのは、菜穂が帰ってすぐのことだった。ようやく忌々しい菜穂との時間から解放されてほっとしているところに、今度は鬱陶しい純平である。 「お、お前、何もされなかったか? か、身体、何ともないかっ? 」 純平があまりに慌てた様子で自分にそう訊いてきて、身体を触ろうとするのが酷く嫌だった。だから、風花はにっこりと微笑み、純平が自分に向かって伸ばした手から偶然を装って逃れた。 「大丈夫ですよ」 本当は先程殴られたおかげて口の中を少し切って、痛い。しかし、それを正直に口にして、純平に大げさに騒がれるのだけはお断りだった。純平は動揺しきった口調でさらにこう続けた。 「な、なら、いいんだ……あ、後、菜穂が言ったことは、き、気にするな」 「菜穂さんが仰ったこと? 」 「いや、あの、その……聞いてないんなら、いいんだ」 純平の表情に安堵したものが浮かんだのを見て、風花は「お子様が出来たんですってね。おめでとうございます」と喉まで出かかった言葉を殺しつつ、静かに微笑し続けていた。 「し、しかし……サキムラは何をやってんだ。お前と菜穂を会わせるだなんて」 「サキムラさんは悪くありません……私の薬を取りに行っていただいていたんです」 サキムラに非がないことをはっきりと明言し、風花は更にこう続けた。 「それで、何か大事なご用ですか? 」 「いや、その、特にそうじゃねーけど……菜穂にお前が酷い目に遭わされてたら、いけねーと」 「心配して下さったんですね、ありがとうございます。それじゃ、もうご用は済まれたんですね」 風花はそう言うと、病室の入り口に視線をすっとやった。暗に「用が済んだなら、もう帰れ」というメッセージだったが、純平はそれが解らなかったのか、相変わらず病室に居座り続けた。 「……なぁ、その、この前の話さ、考えてくれた、か? 」 どこか言い出しにくそうに先日の話を蒸し返してくる純平に、だったら言わなきゃいいのにと思いながら、風花はすっとぼけた。 「この前の話? 一体、何の話ですか? 」 「え、だから……や、やり直さないか、俺たちって、話、だよ」 「…………」 風花は黙り込み、少し考える素振りを見せた。勿論、そんな純平の申し出など、受けるつもりはさらさらない。ただ、ここで自分がその申し出をすんなり拒否してしまったら、菜穂は何の痛手もなく純平とその家庭を手に入れることが出来る。それが妙に腹立たしい。だいたい、幸せを壊した人間が何の犠牲もなく、幸せを掴むのは許せない。もう幸せを取り戻そうとは思わないが、それを壊した相手に対して代償を求めるのは当然の権利なのだと、風花はある事を思いついた。 「ふふっ……償わせてやるわ」 風花は微笑し、溜息混じりにそう呟いた。幸いにも、その呟きは純平には聞こえていなかった。 |