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第3章

自己による断罪と他者による救済 7

 「風花さん、お久しぶり。思ったより元気そうねぇ 」
 サキムラが薬を取りに病室を出て行ったのを見計らって入ってきた人物を見て、風花は珍しく嫌悪感を露わにした。だが、その招かれざる面会客はそんな風花の様子を意に介することもなく、ベッドの脇にあったパイプ椅子に座り、余裕の笑みを浮かべた。
 「菜穂……さん、何のご用でしょうか? 」  
 風花は何かあったらすぐにナースコールを押せるようにシーツの下でそれを握りしめ、どうにか平静を装った声でそう菜穂に問うた。
 「うふふ、おめでたい報告よ。きっと、あなたの具合もすぐにそれで良くなるわ」  
 菜穂のそんな勿体ぶった言い方に、アンタさえ今すぐこの場から立ち去ればすぐに気分は良くなるのだと言いたくなるのを必死に喉元で抑えながら、風花は黙って彼女の話を聞くことにした。
 「……あたし、お母さんになるのよ」
 「え? 」
 「多分……純の子どもよ。もう彼には報告済みなの」
 「そうですか……それはおめでとうございます」  
 菜穂の言葉に、風花ははらわたが煮えくり返るような怒りを覚えていた。そんなことがわざわざ病室を訪ねてきて言うことかと、文句が風花の口から思わず零れそうになった。だが、その怒りを菜穂にぶつけたところで、何の解決にもならないことは風花自身よく理解っていた。そのため、風花はこっそりシーツをぎゅっと握りしめ、どうにか平静を保とうとした。
 「……それで、生まれてくる子には父親が必要なのよ」
 「それがどうかしましたか? 」
 「思うに、母親のあたしが愛人じゃ、生まれてくる子どもだって肩身が狭いと思うの。でも、純は何か気が乗ってないみたいでねぇ」
 「つまり……私から離婚を申し出ろと仰っているんですね」
 「そう……風花、アンタ、そういうところは賢いから助かるわぁ」  
 既に勝利宣言を受けたような勝ち誇った眼差しで自分を一瞥する菜穂の横っ面を風花は思い切り打ちたくなった。他人の幸せを壊しておきながら、自分が幸せになるためには、その幸せを壊した他人に対して援助を申し出る、何という図々しさだろう。だが、本当に幸せになるためには、この程度の図々しさは必要なのかもしれないと、風花は口元に小さな苦笑を浮かべた。
 「……一応、申し出てますけど? 」
 「え? マジ? 」
 「ただ……センセーが了承してくれないんですよ。別に私はいつでも構わないんですけどねぇ」  
 風花が酷くのんびりした口調でそう言うと、不意に立ち上がった菜穂にぱちんと頬を張られた。
 「風花のくせに、あたしを馬鹿にしないで。アンタ、自分の立場を理解ってるかしらぁ? 」  
 常に自分が上位なのだと虚勢を張らないと、この女はこの場にいられないのかと思いながら、風花はただ殴られた頬を押さえつつ、どこか憐れみを帯びた眼差しをこっそりと菜穂に向けた。


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