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第3章

自己による断罪と他者による救済 3

 「ねぇ、聞いた? さっき、若先生、若奥様のことで若い男と診察室で揉めてたんですって」
 「うん、聞いた、聞いた。ほらぁ、よく言う三角関係って奴かしらぁ。嫌ねぇ」
 廊下で看護師たちがひそひそと声を潜めて話しているのを、風花は酷く憂鬱な気持ちで聞いていた。お喋りな看護師たちのことだ、すぐに小夜子の耳に入り、彼女が事情を訊きに来るだろう。先程からずっと、あの夜のことを、何とか誤魔化しきれるだろうかと、小夜子との会話を何度も何度も頭の中でシミュレートしてみた。しかし、残念ながら、そんなシミュレーションから叩き出される答えは同じであり、それは秘密を知られたくない風花に望ましい結果ではなかった。
 「……風花ちゃん、ちょっといいかしら? 」
 数分後、小夜子が病室にやって来た。本当に予想を裏切らない展開だった。酷く穏やかな小夜子の微笑に風花はベッドの中からふっと顔を背けるしか出来なかった。
 「……ねぇ、こっちを向いてくれないかしら? 」
 だが、風花はその言葉が聞こえなかったかのように頭からすっぽりとシーツを被り、小夜子が諦めて引き下がってくれるのをひたすら待った。だが、小夜子も伊達に風花の養母を長年していないらしく、持久戦覚悟のようであった。そして、病室にはしんと張り詰めた空気だけが漂った。
 「あのね……この前、ミチルちゃんに会ったの」
 どうあっても風花が口を開かないと察したのだろう、小夜子は静かにそう話を切り出した。そして、小夜子が口にしたミチルという名に風花は自分の身体、そして心がみるみる凍り付くのを感じていた。ミチルは純平の従姉妹であり、この病院で働いた後、独立して郊外で産院を開いている。ミチルは子どもの頃からずっと風花を妹のように可愛がり、あの夜にまつわる出来事を全て知っている、数少ない人物の一人だった。つまり、もう小夜子はある程度、あの夜からずっと自分が抱え込んできた真実を知ってしまったのだと、風花はくっと目を閉じた。
 「それで、あなたの身体のことやらを随分とミチルちゃんが心配するものだから……話はみんな聞いたわ。どうして、今までずっと黙っていたの? 」
 小夜子のその言葉は自分を責めるものではなく、むしろ慰めるためのものだと風花は理解っていた。しかし、だからといって、今さら何もかも自分で小夜子に打ち明ける気にはなれなかった。
 「……ミチルさんに全部、話した通り、です」
 風花はベッドの中からうめき声にも似た低い声でそうぼそぼそと答えると、再びまた沈黙した。
 「……でも、この問題はあなただけで抱え切れるものじゃ――」
 「…………」
 「風花ちゃん」
 風花の頑なな態度に小夜子はそれ以上何も言わず、ただずっと傍らの椅子に座って、彼女が再び口を開くのを待った。しかし、風花はベッドの中で相変わらず沈黙し続けた。そして、気の遠くなるような長い沈黙の時間が過ぎた後、午後の診察のために小夜子は仕方なく病室を去ろうとした。すると、ベッドの中から風花がぼそぼそと低い声でこう頼むのが聞こえた。
 「このことはセンセーには言わないで下さいね……今さら知っても、仕方ない、ですから」

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