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第2章

知らぬ者の幸福と知る者の嘆き 6

  「……あっ、こんにちは」
  風花の病室を訪れた純平を待っていたのは、今までの無表情が、無愛想が嘘だったかのように、無邪気に微笑む風花の姿だった。風花がまだ幸せだった頃、一番のあの笑顔だと、純平は思った。
  「……え、あ、よぉ。ぐ、具合はどうだ? 」
  自分の無謀な行動で風花の自傷行為の引き金を引いてしまったことの負い目があったせいか、彼女のそんな笑顔に喜び以上に何かしらの不吉さを覚え、純平は素直に喜べなかった。
  「良い方だと思います。先程、サキムラさんから『風月堂』のミルクプリンをいただいたせいかもしれません」
  風花はまるで台本を読んでいるかのごとく、笑顔のままですらすらとそう答えた。風花の態度の変貌、それは喜ばしいことなのかもしれない。だが、何故か純平のなかにあった不吉な予感は掻き立てられる。風花の変貌があまりに急激に起こったせいなのかもしれないと、純平は冷静さを取り戻すために、傍らにあったパイプ椅子に腰掛けた。
  「どうされました? 」
  「え、あ……」
  純平はとっさに風花に返す言葉が見つからず、思わず視線を宙に泳がせた。風花の今の様子が嬉しくないわけじゃない。ただ、風花の考えていることが理解らない、それが怖かった。
  「ふふっ、私が態度をいきなり変えて、変だ、怖いって思ってらっしゃるんでしょう? 」
  風花はまるで面白い話をするように、クスクスと笑いながら、純平の瞳をじっと見据えた。
  「ん……そ、そうだ。な、何で、その、いきなり――」
  「理由は簡単です。こうしてるのも、何か退屈だって思ったので」
  風花はあっさりとそう答え、未だ包帯で拘束されている両手をほぐすように、小さくぱたぱたと動かした。
  「退屈? 」
  「ええ、色々と。こうやって手足は縛られるわ、ずーっと病室で過ごさなきゃならないわ……自由に病室も、中庭も歩けないんじゃ、気分転換どころじゃありませんから」
  「そ、それは……」
  「理解ってますよ、自分のしたことくらい……ただ、せめて病室でくらい自由にさせていただけませんか? ああ、危なそうなものは全部片付けてくださって結構ですし」
  「……し、信じて、いいのか? その、抜け出したり、自傷行為したり、しねーって」
  純平は風花に何度も確認した。そんな純平の確認にさすがにうんざりしたのか、風花は静かに微笑んで、口を開いた。その時の風花は微笑していたが、その瞳だけは凍ったように冷たかった。
  「少なくとも……あの時の言葉よりは、信じられると思いますが」
  「あの時の言葉って? 」
  純平がそう尋ねると、風花はふっと深い溜息をついて、まるで歌うように静かにこう答えた。
  「プロポーズに決まってるじゃないですか……私、今、ちぃーっとも幸せじゃないですから」


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