知らぬ者の幸福と知る者の嘆き 7 「そっか……そう、だよな」 純平の反応が意外に落ち着いたものだったことに、風花は少し驚いていた。今までの時間を全否定する言葉だというのに、純平の口元にはどこか穏やかな微笑が浮かんでいた。 「……どうして、笑ってるんですか? 」 「ん? いや……その、話をしてくれるのが、嬉しいなって、さ」 純平にとって、今までの時間を全否定する言葉を言われた悔しさより、風花が本心はどうであれ、穏やかに自分に接してくれることの方が嬉しいのだろう。 「……そういうもの、ですか? 」 「まぁ……そーいうもの」 「よく理解らないですが……あの、それで何のご用ですか? 」 風花は相変わらず穏やかな口調で純平の来室の理由を問うた。すると、純平は「そう、それが言いたかったんだよ」と言わんばかりに、子どものような酷く嬉しそうな表情を浮かべた。 「あのさ……俺、別れたから」 「え? 」 「だから、菜穂と別れたんだよ……」 「それが、どうかしましたか? 」 風花は穏やかながら酷く冷たい口調で純平にそう問うた。無論、純平がそれを口にした意図は理解ってはいた。だが、それを汲み取ることはしたくなかったのだ。 「いや、だから……その――」 純平は口ごもった。さすがに自分のしたことを考えると、「復縁しよう」と口に出すのは白々しいとでも感じているのだろう。しかしながら、そういう結論を匂わせていると時点からして、十分白々しいのだと気づいているのだろうかと、風花はふっと溜息をついた。 「……はっきり仰ったらいかがでしょうか? 」 「その、今までは幸せじゃなかったって言ってただろ……だから、その、これからはずっと幸せにする、から、さ。その、だから、これから、また一緒に――」 次の瞬間、風花は自分の右手を必死で押さえていた。そうでもしなければ、自分の右手が白々しい言葉を吐いて照れている純平の横っ面を張り倒すだろうと判断したからだった。 「……ふうか? 」 「………………」 「悪い……無神経だった。今、まだ、その、そんな話、すべきじゃ、なかった、な」 風花の沈黙の意味をどう捉えたのかは理解らないが、純平は少し申し訳なさそうにそう言った。 「どう無神経か、理解ってて仰ってますか? 」 「その、だから……まだ、お前の気持ち、落ち着いてない、んだよな」 風花は胸の内で沸き返っている怒りの感情を沈めるように深い溜息をつき、静かにこう答えた。 「何もご存じないのに……知ったような顔で知ったようなことを仰らないでくださいます? 」 |