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第1章

饒舌と沈黙 7

 「……風花」
 賭けの期限日、いつものように病室を訪れた純平の顔色は酷く悪かった。どうやら、予想通り、指輪を見つけられず、意気消沈しているらしいと、風花は内心うっすらと微笑を浮かべた。
 「指輪は……どうしたんですか? 」
 「え、あ……」
 言葉を濁す純平の表情が更に暗くなる。だが、そんな純平の表情と比例するかのように、風花の気持ちは段々明るくなる。
 「見つからなかったんです、ね」
 純平は何も答えないで、ふっと悲しげに視線を逸らした。それが自分の問いかけに対しての肯定の態度だと理解っていたからこそ、風花はさらにこう続けた。
 「それなら……賭けは私の勝ち、ということですよね」
 「……嬉しそう、だな」
 「そりゃ、賭けに勝ったんですもの。勝つことを望まない賭けなんて、持ちかけたりしませんから」
 「……最後に一つだけ、訊く」
 「はい、なんでしょう? 」
 「……お前、指輪はどこへやったんだ? それから、他のアクセサリーとかも―」
 純平にじろりと睨まれたからと言って、そんな視線で問い詰められたからと言って、もう、風花は怯まない。いや、たとえ怯んだとしても、決して真実を語るつもりなどなかったのである。
 「さぁ……」
 風花はあくまでかぶりを振った。指輪を港に投げ捨てた理由、貴金属類の行方について説明したなら、嫌でも“あの夜”について純平に知られてしまうからだった。どんな扱いをされようと、それだけは絶対に避けておきたかったのである。
 「白ばっくれるんじゃねーよ! 」
 そんな罵声とともに、風花は喉元に強い圧迫感を感じた。無理矢理ベッドに押さえ付けられた背中の痛みと酷く息苦しいという感覚に支配されながら、風花はふっと目を開けて、目の前の状況を把握した。純平がどこか苦しそうな表情で、自分の首を絞めている、そう、それがこの圧迫感の理由なのだなと、段々遠のく意識の中で理解した。
 「風花っ」
 どれくらい、そんな時間が続いたのだろう。不意にぽたりと冷たいものが風花の頬に落ち、それまで彼女の背中に、喉元にかかっていた圧迫感が急に無くなった。それらの圧迫感から解放された、軽く咳き込みながら、風花がふと目を開けると、目の前には子どものように泣き崩れる、そんな純平の姿があった。純平の涙、それは過去を悔いるそれに他ならないと風花は知っていた。
 「でも……もう、今更遅いわよ」
 風花は泣き崩れる純平の姿をちらりと見た後、まるで吐き捨てるように、そう小さく呻いた。


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