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第1章

饒舌と沈黙 6

 「……ありえねぇ」
 純平は地下室にあった風花の荷物を全てひっくり返して、彼女の指輪を探した。だが、指輪どころか、風花が元々持っていた、そして純平が贈った貴金属類は全て見あたらなかった。鉄格子付きの換気窓もあるから、きっと空気が微妙に淀んでいることによる気分的なものなのだろうが、何となく地下室は空気が薄い気がした。このままでは気分的からして酸欠になりそうな気がして、純平は一旦1階のリビングへと戻った。
 「……一体どこに隠しやがったんだ、風花の奴」
 あの夜以前の風花の行動範囲はごくごく限られていたはずだ。つまり、指輪を隠す場所も自ずから限定されるということだ。だが、実際には見つからない。思惑が外れたことに純平はチッと軽く舌打ちをした後、煙草に火を点けた。天井に上っていく紫煙が天窓から入ってくる空気にゆらゆらと揺れながら、段々溶けていく。
 「……風花」
 ここにはいないのに、ふっと風花の名前を純平の唇は刻んでいた。指輪さえ見つかれば、風花をその意志には反するかも知れないが、自分の側に、生の世界に繋いでおける。しかし、その肝心の指輪が見つからないのだから、どうしようもない。
 「……風花」
 沸騰した湯のように心に泡立つ苛立ちを抑えるように、純平は再び風花の名を呼んだ。しかし、その苛立ちは静まらない。逆に指輪が見つからない事へのそれを募らせるだけであった。風花が指定したタイムリミットはきっかり二週間だ。だが、肝心の指輪が見つからないまま、一週間が過ぎた。あと一週間のうちに指輪を見つけなければ、どうしようもない。
 「ちゃんと約束……守ってくださいね」
 不意に、先程病室に見舞いに行ったばかりの風花の言葉が純平の脳裏を横切った。指輪がまだ見つかっていないことを告げたのだが、風花はどこか嬉しそうな表情をふっと浮かべ、どことなく弾んだ声で純平にそう念押しをしたのだ。そんな風花の様子はまるで指輪が見つからないことが既に確定したかのような、勝利宣言にも似ていた。
 「……考え、すぎか」
 純平は自分の頭に浮かんだ悪い考えを打ち消すように首をふるふると横に軽く振り、先程地下室から持ち出した風花の身の回りの品を改めて見直した。どこか地味で質素な印象を持つそれらの品々は主人のその不幸な境遇を一緒に背負ったかのように、以前よりもどこか影が薄くなった、そんな印象すら感じられた。それは気のせいと言ってしまえばそれまでの話である。しかし、どこかそれだけでは済まされないような、そんな確信にも似た、悪い予感。風花のあのどこか嬉しそうな態度、そして彼女の持ち物の影の薄さが尚更不安を掻き立てる。
 「風花」
 純平はまるで祈りの言葉を口にするように、何度も何度も風花の名を呼んだ。だが、その声は先程の純平がくゆらせた煙草の煙のように、どこか儚げに、そして不吉に、空気に溶けていった。

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