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第1章

饒舌と沈黙 4

 「なぁ……黙ってないで、何か言えよ」
 病室に戻って備え付けのシャワーで身体を温め、服を着替えた風花に純平は酷く優しい声でそう呼びかけた。だが、そんな純平の呼びかけに返ってきたのは、普段と全く変わらぬ沈黙だった。
  「…………」
  「なぁ、何とか言えよ」
 そんな風花の態度に純平は苛立ち、彼女の肩を軽くこづいた。本当に軽くこづいたはずだった。しかし、風花の身体はまるで吹き飛ばされた花びらのように壁の方へと叩き付けられ、彼女は微かに呻いた。
 「……ご、ごめんっ。怪我、ないか? 」
 純平は慌てて壁に背をもたれかけたままの風花に駆け寄ったが、彼女は決してそれに答えようとも、差し出された手を掴もうともせず、のろのろと立ち上がった。
  「風花」
 純平は妻の名を呼ぶ自分の声が酷くかすれ、震えていることに気づきながらも、そっとその肩を抱いた。元々風花は小柄だったが、あれ以来もっと小さくなったような気がして、このまま風花が更に小さくなり、最後はふっと消えそうな、そんな根拠のない不安さえ抱いてしまう。
  「……いなく、なるなよ」
 不意に唇から零れたその言葉は純平の偽らざる気持ちであった。だが、風花はちらりと生気や感情を一欠片すら感じられない、冷たい眼差しを純平に向けた後、ベッドに横たわった。その眼差しの冷たさに純平は思わず後ずさった。そんな時、不意に酷く乾いた女の声が部屋の中に響いた。
  「ねぇ……賭け、しません? 」
  「え? 」
 純平は一瞬その声の主が分からずに戸惑ったが、すぐにベッドに横たわる妻がそう言ったのだと知ると、慌てて威儀を正して、真面目な顔でこう聞き返した。
  「賭けをするのか? 」
  「ええ、賭けをするんです」
  「どんな? 」
  「簡単な捜し物ですよ……私が隠したものを期限内に見つけてくだされば貴方の勝ちです」
  「……それだけか? 」
  「まさか、条件がありますよ……貴方が勝てば、私は貴方の言うことを聞きます。でも、私が勝ったら、もう私のことは放っておいていただけませんか? 」
  「ほ、放っておいてって……ど、どうするつもりだ」
  「さぁ……ただ、皆様にはご迷惑をおかけしませんから」
  「それ、まさか……」
 純平が考えたくもない言葉を喉から絞りだそうとしたのを打ち消すように風花は言った。
  「探すのは結婚指輪、期限は賭けを始めた日から二週間」

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