饒舌と沈黙 1 「……お加減はいかがですか? 」 今日もいつもと同じことを訊いてくる、まるで貼りつけたような満面の笑みを浮かべた看護師に風花もいつもと同じように沈黙の返答を返した。看護師はそんな風花の反応に一瞬うんざりするような表情を浮かばせた後、再び顔に微笑を貼りつけて歌うようにこう告げた。 「今日はいいお天気ですよ。点滴が終わったら、中庭を一緒に散歩しません? 」 看護師の言葉に風花はふっと自分の腕に伸びる透明な細い管をちらりと視界に入れた。別に点滴が終わろうと終わらなかろうと、中庭で散歩する気にはなれない。実際、身体を動かすのさえ、こうして看護師とはいえ誰かと顔を合わせることさえ酷く億劫になっているのだから。 「ああ、それから……味がないからといって、お食事を召し上がらないのは駄目ですよ」 先程出された朝食の粥に風花が全く手をつけていないことに今更気づいたのだろう、看護師が少し叱るような口調でそう窘めた。別に味がないから食べないのではない、単に食べなくても空腹も何も感じないからだと風花は思ったが、それを言葉にすることはなかった。何を言われても手をつけなければいいだけの話であり、それをわざわざ主張して、誰かに知ったような顔で自分に更に干渉されるのだけは避けたかったからだ。 「……じゃ、あとでまた見に来ますからね」 別に見に来なくてもいいのにとふと思いつつ、風花は病室を出て行こうとする看護師にちらりと視線を投げた。看護師が貼りつけた満面の笑みが廊下に出た途端に嫌気がさした表情に変わることをよく知っているせいだろう。いつも笑顔を貼りつけて自分に接して疲れないのか、たまには素の表情で接してもいいと思う。自分は他の患者のように「裏表がある」とか「無愛想だ」とか「嫌々やっている」とかそんな苦情も何も言いやしないのだから。いや、実際のところ、そんな看護師の態度で不快な思いになることも、それに関する苦情を思いつくこともないと言った方が正しいのかも知れない。実際、クレーマーは苦情を言った相手に対して何かしらの関わりを求めているからこそクレームをつけるのであり、関わりを求めていなければ二度とその店に行かない、その商品を買わなければいいだけの話なのだ。今の風花は看護師とも、そして純平とも関わりを求めてはいない。だからこそ、あの甘い夢から目覚めて以降、死んだ貝のように固く口を閉ざしている、これからもずっとそうするつもりだ。だから、どう扱われようと構いはしないのに、周囲はまるで腫れ物に触るように自分に接する。あの純平でさえ、今度のことで相当体面を傷つけられたというのに、何も言わずにただ自分の療養に手を貸している。どうでもいいのだと言ったとすれば、きっと「どうしてそう思うんですか? 」なんて、あの夜からずっと抱え込んでいる心の闇にずかずかと土足で踏み込んできて、「理解」なんて言葉を振りかざして干渉してくるのだろう。ふっと風花は先程から病室に柔らかな光を投げかけている格子付きの窓に視線を向けた。格子越しに見える空はとてつもなく蒼い、それは子どもの頃によく眺めていたあの空の色によく似ている。しかし、きっと同じ色ではないだろう。何故なら、子どもの頃の自分と今の自分は同じ風花という人間であれ、きっと同じではないだろうから。きっと子どもの頃の自分が今の自分を見たら、きっと「こんなのはわたしじゃない」と泣き叫んで、自分と認めようとしないだろう。 |