自己による断罪と他者による救済 1 風花の病室に新たな訪問者が現れたのは、もう梅雨の季節も終わりを迎えようとしていた頃のことだった。普段からほとんど誰も訪れない病室の思わぬ来訪者に看護師たちは驚いていた。 「……随分、失礼な看護師たちだな。面会簿と顔をまじまじと見比べられたぜ」 「仕方ないわよ……私に面会ってだけでも、珍しいのに、見た目イケメンが“三枝 祐子”なんて昔の名前を書くから。きっと退屈なんでしょう、あの人たちも」 「戸籍上はまだ未修正だからなぁ。ってか、修二って書くと……お前が色々と困るだろ? 」 修二はそうカラカラと笑い声をたて、風花はそれに同意するように静かに微笑した。この修二こと祐子は風花の高校時代からの友人であり、女として生まれたが、今は男として生活をしている。修二の主張によれば、自分は本来男として生まれるべきだったが、何かの手違いで女に生まれたのであり、それを生まれてしばらく経った後に自分で修正しただけなのだという。そうした修二の経緯を知っていたからこそ、風花は「三枝 祐子」という彼の本名を昔の名と表現した。 「まぁ、お喋りなあの人たちのことだから……きっともうすぐ、来る、わね」 その主語を言わずに、風花はその微笑を少し陰らせた。修二はその人物が入ってくるであろう病室のドアを一瞬じろりと睨み付け、小声で風花に問いかけた。 「まだ……アイツ、何にも知らないんだな」 「ん……別に言おうと思ってもない、からね。だいたい、言っても仕方ないじゃないの」 「だろうな……」 修二は苦々しげな口調でそう呟くと、風花の腕に未だ残る細い傷跡をその整った指で愛おしげにそっとなぞり、彼女の頭をそっと抱え込んだ。そして、どこか悲しげな声でこう尋ねた。 「……やっぱり、まだ、考えは変わらない、のか? 」 風花は淋しそうに微笑した後、こくりと静かに頷いた。修二が友人以上の好意を持っていることも、あの夜以来から死に場所を探し続けている自分をどうにか生に引き戻そうとしているのは理解っていた。だからこそ、色々と協力してくれたのだろうが、その気持ちに答えられない自分に、そのくせ彼を、彼の気持ちを体よく利用している自分に、風花は良心の呵責を覚えていた。 「……ご、めん」 風花がぼそりと呟くと、修二ははっとしたように離れた。 「悪い……何か、コレって卑怯だよな。けど、もしお前さえ良ければ俺と――」 修二のその言葉は酷く穏やかで優しかったが、まるで鋭い針のように風花の心に突き刺さった。修二の言葉通りに出来たならどれほど幸せだろうかという考えがふと脳裏を横切ったりもするが、あの夜のことがその甘い考えを粉々に打ち砕き、軽蔑混じりの嘲笑が頭の中で鳴り響く。 「ありがとう……けど、許せないから」 風花は主語を再び濁し、今出来る精一杯の笑顔を浮かべて、修二に向き直った。 「許せないって、誰を? アイツか? 」 修二は再びドアを鋭い眼差しで睨み付け、風花の肩をぐっと掴み、じっと彼女の瞳を見つめた。 「違うの……許せないのは、今もこうして生きてる、私自身」 |