Short Short Story & Short Story(掌編・短編)

昔の想い出

 
  あれからもう何年も経ったのに、アタシの心にはたった一つだけ棘が刺さったままだ。それは昔、アタシが恋した、昴という男が残していった、優しい棘だ。今もまだそれはたまに痛んだりするけれど、多分、もうアタシの心の一部になっているような気もする。昴とは大学のイベントで出会った。アタシたちの預かり知らぬうちにイベントを指揮していた2年生の誰かがあらかじめ決めていた班で、アタシたち1年生は活動することになった。7〜8人の2年生の先輩と8名の同級生。最初は誰かに押しつけられた人間関係に微妙に違和感を感じていたけど、でも、いつの間にか前からの友達みたいに馴染んでたっけ。深夜までイベントで踊るダンスを覚えたり、誰かの家に集まってご飯を一緒に食べたりしてイベントまでの日々を過ごした。イベントが終わった後もそんな班の活動は続いて、誰かの誕生日には誕生会やったり、節目にはお疲れ様会やったり、たまにお互いの恋愛話や相談なんかも出て来たりした。男も女も関係なくて、みんなある意味、家族みたいな感じになってた。班のメンバーがアタシは大好きだった、かけがえのない存在だった。

 そんな出会いから1年が経った。アタシたちは2年生になり、今度はそのイベントをサポートする方になった。1年の時の班はバラバラになってそれぞれ別の班で活動することになった。無論、1年の時の班が崩壊したとかそんなんじゃなくて、単に今までメインだったそっちの活動より、新しい班の活動の方を優先させることの方が多くなっただけなのだが。多分、そんな感じで距離が少し出来たせいなのかもしれない。アタシはいつの間にか、昴を異性として意識して始めていた。最初は「きっと、昴が新しい班に馴染んだのが悔しいんだろうな」という気持ち。だけど、昴が他の女の子と楽しそうに話しているだけで、心が妙に軋んだりするようになった。男の子なら別に平気なのに何故なのか考えたりして、行き着いた結論、それが「昴が異性として好き」という単純明快なものだった。だけど、今まで友達、悪友として付き合ってきた手前、あっさり言えるわけがなくて、たまに昴を見かけると軽く挨拶したり、たまに馬鹿話をしたりした。悪友を何とか演じていた。だけど、アタシはやっぱりそんな中途半端な関係にいつまでも耐えられなかった。

 「ごめん……大事な友達だけど、そんな風には思えないんだ。けど、ありがとう」

 それは梅雨が始まったばかりの夕方。小雨の中、アタシは携帯電話で昴に想いを告げた。きっと顔を合わせたら、いつものおちゃらけた口調で馬鹿話をしてお茶を濁して逃げる自分に気づいていたから。昴から返ってきたそんな言葉にアタシは泣かなかった。多分、泣いちゃいけないと思った。昴は優しいから、きっとアタシが泣いたら、困ると思ったから。後で友達に話したら、「そこで泣かないと」と怒られたけど、泣いたところで、きっと何も変わらないと知っていたから、きっと、アタシは泣かなかった。それからアタシは昴と距離を置いた。昴もやっぱりアタシと距離を置いた。もう、悪友には戻れなかった。たまに顔を合わせても、ただ微苦笑を浮かべて、軽く目礼するだけの関係になった。

 大学を卒業してもう数年経つ。なのに、未だにアタシは昴の電話番号もメールアドレスを消せずにいる。別にもう連絡を取ることもないのに、携帯の機種が変わっても、やっぱりそれはいつも新しいそれに引き継がれていく。未練がましいのか、それとも単に面倒くさいだけなのか自分でもよく理解らない。けれど、アタシは結局昴のアドレスを消せない。

 「……抜けない、棘だね」

 昨日、久しぶりに会った大学時代の友達に愚痴がてら洩らすと、彼女は少し困った微笑を浮かべた。彼女もやっぱり1年生の時、同じ班のメンバーだった。

 「……けど、昴って、好きな人、いたのかなぁ? 」

 のんきにカフェオレを飲みながら、彼女は首をかしげた。アタシは「さぁね」と気のない返事を返したけど、本当はそれが誰なのか知ってた。昴がアタシをフッた時、言った言葉が不意に脳裏に浮かぶ。

 「俺、実はゆかりが好きなんだよ」

 アタシは彼女、いやゆかりに、その事実だけは絶対に教えないつもりだ。それがアタシの心に棘を残した、昴への今唯一出来る腹いせのようなものだと思ったからだ。今の昴にとってそれが腹いせになるかどうかは横に置いて―。

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