今年の殺人的な暑さで完全に融けた上、いつのまにか袋が破れていたらしく、べっとりとバッグの底にへばりついていた。知らずに色々と小物を入れていたら、被害は甚大だっただろう。
昔のあたしだったら、「大変。早くこれ剥がさなきゃ」なんて必死になって飴だったモノを引き剥がすだろう。しかし、今のあたしはその飴だったモノを引き剥がすつもりはない。いや、飴だったモノがまるで今の自分みたいに感じるから、剥がせないと表現した方が正しいかもしれない。
「いい匂い」
飴だったモノから香る、果物に似せた甘い香り。変色した上にベトベトした見た目は醜いのに、味だってきっとろくでもないはずなのに、香りだけは酷く甘い。
ざりっ べとり
甘い誘惑に負けて、剥がすつもりもないのに、ついつい飴だったモノに触れてしまった。
バッグの中の埃を取り込んたのか、それとも中途半端に最結晶化していたのか、手触りはざらざらとしている。しかも、やっぱり融けているだから、べっとりと指先に絡みついてくる。正直、あまり気持ちのいいものじゃない。
「・・・・・・やめとけきゃよかった」
べとついた指先をティッシュで拭いてみた。
しかし、逆に切れ端やらがくっついて、ただ更に汚くなっただけだった。仕方なくキッチンに行き、台所で食器用洗剤とスポンジを使って洗った。
ーー君には済まないことをしたーー
不意に、あのひとの最後の言葉が脳裏に蘇った。
昔あのひととした恋はあたしにとって、大切にとっておいた飴のようなものだった。しかし、今、その想い出はさっき洗い流した飴だったモノのように、醜くどろどろに融けてしまった。
「・・・・・・ばか、みたい」
あのひとに再会した時に感じた、あの胸のときめき。それだけにしておけば良かった。その甘い香りに誘われて、もっと触れたい、もっと近づきたいと手を伸ばしてしまったせいだ。
ーー辞表を書いてくれないか? それが、あちらの条件なんだーー
きっとそうすれば、あのひとが自分の全てを守るためにあたしを笑顔で切り捨てるだなんて、そんな悲しい現実を目の当たりにすることもなかったんだろう。
「・・・・・・っ」
洗剤とスポンジで洗った指先は確かに綺麗になったけれど、やっぱり微かに甘い香りが残っている気がした。
きっと、底にへばりついた飴だったモノだって、どんなに綺麗に引き剥がしても甘い香りをいつまでもいつまでも漂わせ続けるに違いない。そして、その香りを嗅ぐ度に、またあたしは立ち止まるのだろう。
「燃えないゴミの日、いつだったっけ? 」
昔、あのひとから貰ったバッグだったから、何とか飴だったモノを引き剥がして大切に保管しておこうと思ったけれど、やっぱりあのひとに関連する全ての感情と一緒に捨てなきゃならないらしい。
飴でも、恋でも、どろどろにとけてしまったら、もう捨てるしかないんだろう。