絡まっていく糸 20 「相変わらず……貴方は残酷ですね」 七世の病室を出た涼の傍らに、すっと峰谷が影のように寄り添った。 「黙れ」 「……もう少し、時間を置いた方が良かったのではないかと思うのですが? 」 峰谷はそう忠告めいたことを口にしたが、その目元はうっすらと微笑んでいた。 「いや……」 涼は不意に立ち止まり、ふっと七世の病室前の廊下をちらりと一瞥した。そこには先程から七世の病室のドアノブに手を伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込めという仕草を繰り返す、涼と良く似た、茶髪の青年がいた。 「……あの方は――」 「アイツ、俺が病室に入る前から、突き当たりのロビーのイスに座ってた、じっと病室見てたんだよ……多分、な。女房、子どもがいるってのが、ちょっとネックかもな」 「それは心配ないかと……どうやら、自分の子どもじゃなかったとかで、奥様と離婚の準備を進めているようですよ」 「……まぁ、女にカモられてたってわけだ」 涼は微かにクスクスと笑い声を上げた。 「涼様、他人事ではございませんよ」 「え? 」 「……『火のない所に煙は立たぬ』と申します。涼様だって、今日まで、いつ何時、笑われる立場になられても可笑しくなかったのですよ。そう思うと、私はもう心配で心配で、堪りませんでしたよ」 「ははは……耳が痛いな、そりゃ。けど、何で過去形だよ」 「……もう、さすがに『お遊び』はおやめにならないと、五月様との約束がぱぁになってしまわれるでしょう。まぁ、そこまで涼様もお馬鹿ではないでしょうが」 峰谷はそう言うと、生温い微笑を浮かべた。 「お前のその笑い方、好きじゃねーな」 再び脳裏に昨夜のあゆみとのやり取りが蘇り、涼は照れくさくなって足早に歩き出した。 「……お前、昨夜のことは何があっても誰にも言うんじゃねーぞ。いいか、絶対だからな」 「……はい、承知致しました」 「あ、ああ」 やけに峰谷が素直なことを多少不自然に思いながらも、涼はそう返事をした。すると、峰谷はにっこり微笑んで、さらにこう続けた。 「ならば、書き記すのは良いのですね」 「はぁ? 」 「いや、誰にも申し上げませんよ。ただ、旦那様たちへの報告書にはしっかり書いておかねば、私の給料が減ります」 「……お前、俺と給料とどっちが大事だよ」 「何と、酷い。この峰谷、涼様を心からお慕いしております。世話係をお引き受けした時、もう死んでもいいと思っておりました。涼様からお求めがあれば、この身を捧げようとも。しかし、給料がこの仕事と見合わないんです。涼様のお側に仕える者として不覚をとってはいけないと日々精進しているのですが……それゆえ、切り詰めながらの生活なのですよ」 問題発言を連発して、わざとらしく泣き崩れる峰谷に、涼はどこから突っ込んでいいのか分からなかった。だから、放置を決めた。 (ったく、元々たまーに理性がホワイト・アウトする奴だとは思ってたけど……とんでもねーカミングアウトしやがって。まぁ、薄々そうじゃねーかとは思ってたけどさ。けど、お前が俺が望まないことはしねーのは、嫌ってほど理解ってるし、信用してんだけどな) 涼は微苦笑を浮かべ、そう心の中で呟いた。多少茶化してはいたが、峰谷の自分への想いは本物だろう。だが、峰谷は自分が嫌がることを絶対にしないという絶対の信頼がある。だからこそ、世話係として、将来は秘書として側に置いておきたいと思っているのだ。 「……なぁ、峰谷」 「はい? 」 「お前……彼女いねーの? 」 「いや、いますよ。お付き合いしている方はたくさん……ただ、長続きはしませんね」 「……峰谷、今、『お付き合いしている方はたくさん』って。俺と同じじゃねーの? 」 「『お遊び』でお嬢さま方とお付き合いなさっていた貴方様と一緒にしないで下さい。私はお付き合いしている方全てに本気で平等に大切に愛を注いでおります……」 (嘘くせー。ってか、平等って、おい……どっかのクソ親父と同じこと言うなや) 「じゃ、何故、長続きしねー? 」 「ふっ……束縛してはならないと思いまして、連絡は必要最低限にしてますと、いつの間にやら横から掻っ攫われるんですよ」 「……ああ、なるほどな。まぁ、女ってのは連絡ないイコール自分に興味がねーとかいう妙な公式を容易く組み上げちまうからな」 「そこまで理解っていらっしゃるなら、涼様。どうか、五月様へのご連絡は今後はこまめになさって下さいませ」 |